漢方について:花月クリニック

花月クリニック【北海道新十津川 漢方・糖尿病・椎間板ヘルニア・婦人科疾患・アトピー・低音難聴・ダイエット(肥満症治療)入院】の治療

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「漢方とは」その特徴について

「漢方とは」その特徴について

漢方とは、ほぼ東洋医学のことを指していますが、日本だけの呼称なのです。台湾や中国では、中医学といいます。西洋医学は細菌に対する抗生物質のように、直接標的に作用することを主眼としておりますが、漢方では病気を生じやすい体質異状を是正することにより、病気を治す方法をとります。現代社会において、なぜ漢方薬が注目されているのでしょうか?

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第一に、西洋医学で治せない病気に対し、漢方治療が有効なことがあり、西洋医学の薬より副作用が少ないことが多くの方に知識として浸透してきたことが挙げられます。

第二に、現代社会には昨今の不景気の影響もあって、たくさんのストレスがあります。ストレスが様々な病気を生むことはご存じのことと思います。中医学では、肝(西洋医学の肝臓と同じ意味ではなく、むしろ自律神経系に近い意味です)がストレスの影響を受け易いのです。ストレスによって肝が傷むと、気の流れが悪くなり、気鬱状態になり、落ち込みなどの症状が出ます。気鬱を改善する代表的な生薬に紫胡があります。柴胡を用いた漢方エキス製剤には、小柴胡湯、四逆散、加味逍遙散などがあり、このような柴胡剤がストレス性疾患に有効です。

第三に、「上医は、未病を治す」というように、漢方の世界では既に病気になってしまってから治療する医者より、病気に至らせないようにする医者の方が優れていると考えられています。治りづらい病気がある以上、病気になってしまってから治療するより、病気にかからないように体質改善させる方が得策です。体質改善を得意としているのは、漢方薬です。ただ同時に食養生など、生活習慣に対する配慮も並行して行わなければなりません。

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漢方薬は、処方する漢方薬の質によって、さらに処方する側の知識や使い方によって、効き方が異なることをご理解いただきたいと思います。

「気」について

「気」について

漢方の世界では、診断をするには、「証」を決定する必要があり、これを「弁証」といいます。弁証に基づき、相応する治療方針を確定し、これにしたがって具体的な治療を施します。その弁証の一つに、日本漢方では、気血水論、中医学では、気血津液弁証という理論があります。気、血、水は、生体内の臓腑、経絡、組織、器官などを巡り、人体の生理活動を担っており、この三要素によって生命活動が維持されています。これらの作用は、個々単独でなされるのではなく、相互に影響しあい、生体内で合体融合して機能する場合が多くあります。気は、エネルギー的存在で、新陳代謝を高め、熱を作り出すので「陽気」といい、血・水は、気の過剰な亢進を抑制するので「陰液」ともいいます。血は体を養う材料で、水は中医学では、津液といい、体を潤す材料です。陽気と陰液が十分存在し、かつバランスがとれているのが正常な状態です。

今回は、気についてお話します。気には実体がないので、捉えどころがないように思われますが、「元気」「気をもむ」「気を遣う」など現在使われている言葉が、実は漢方が由来です。気の作用は、

①栄養作用-血液中に分布しており、全身に栄養を供給する-この気を栄気と言います。

②新陳代謝促進作用(温煦作用)-全身や各組織を温める作用

③新陳代謝により温め、巡らせる作用(推動作用、この作用は、成長、発育、生理活動にも関与。)

④自然治癒能力を発揮させる作用-西洋医学でいう免疫作用に相当し、外邪の侵入を防ぐ作用(防御作用)。この作用をする気を衛気と言います。

⑤気化作用「変化させる作用」-気は、気、血、津液を相互に変化させます。消化吸収や合成、呼吸によるガス交換などの機能を意味しています。

⑥固摂作用「調節作用」-血液などの体液を漏出するのを防ぐ作用があります。

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気の病証について

日本語における「病気」とは、文字のごとく、気が病むということであって、体が病むという「病体」という言葉は存在しておりません。体だけが病むのでなく、むしろ気の存在を重視したことが「病気」という言葉を生み出させたのではないかと思われます。気の病態には、気虚、気滞、気逆、気陥があります。

①気虚とは、気の量的な不足と作用の不足を言います。原因は、補給の不足[老化、消化機能の低下、肺機能の低下]、消耗過多[房室過多=性生活の不摂生]があります。症状は、元気がない、疲れやすい、味がない、食欲がない、声に力がない、風邪を引きやすい、寒がる、汗をかきやすい、息切れ、脈の結滞、耳鳴り、ふらつきなどです。治療法は、補気薬[気を補う薬=全身の代謝や機能を促進させる薬]の人参(八百屋さんで売られているニンジンではなく、朝鮮人参のこと)、黄耆、炙甘草、白朮などと、消化吸収を促進する、茯苓、山薬(ヤマイモ)、大棗(なつめ)などを配合します。代表処方は、四君子湯や補中益気湯などです。蜂子には、中焦に作用し、気を益して、免疫を高めたり、老いにくくする不老効果があることが、「神農本草経」に記載されています。すなわち蜂子には、気虚の改善効果があると2000年以上も前から認められております。私の病院の患者さんにも同様の気虚の改善効果がみられております。気には、免疫に関与する衛気がありますが、風邪を引きやすい人は、衛気不足(=免疫機能の低下)が考えられます。免疫機能の中で癌細胞を攻撃するNK細胞がありますが、その細胞の働きをNK活性といいます。NK活性が低ければ、癌に対する免疫が低下していることが考えられます。今年のBUNBUN通信夏号で、今年の東洋医学会で発表した演題を掲載しましたが、演題の内容は、蜂子が低下したNK活性を改善させたという内容でした。これは、蜂子には、気虚に対する改善効果があることを科学的にNK活性を用いて証明したことになります。
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②気滞とは、気の機能の停滞のことです。主に自律神経の緊張や異常亢進の症候です。原因は、飲食の不摂生、精神的ストレスなどです。症状は、痞え、疼痛、憂鬱感、怒りやすい、上腹部の膨満感や痛みなどです。治療法は、理気(気を巡らせる)薬を用います。理気剤の、半夏、厚朴、陳皮や疎肝解鬱(肝の気の巡りをよくする)をする柴胡、香附子などを用います。方剤としては、半夏厚朴湯、二陳湯や四逆散などがあります。

③気逆とは、気には、流れる方向が決まっており、下降するはずの気が上に逆流する現象です。原因は、風邪などの外邪の侵入や食べ過ぎ、ストレス、怒りなどです。症状は、咳嗽(せき)、げっぷ、しゃっくり、悪心、興奮、目の充血、眩暈(めまい)などです。治療法は、杏仁(アンズの種)、半夏、生姜、干姜などを用います。エキス剤には、小青龍湯、麻杏甘石湯、小半夏加茯苓湯、二陳湯、龍胆潟肝湯などがあります。

④気陥とは、脾気(脾の気、脾とは、西洋医学の脾臓とは異なり、消化吸収機能を主り、気を産み出すのに必要な臓器)は、肺に至るまで上昇性であるべきものが、パワーダウンして、上昇できない状態をいい、胃下垂、脱肛、子宮下垂などの症候を呈します。原因は、慢性の消化器系疾患などによって生じ、気虚を伴います。治療法は、柴胡、升麻、人参などで、代表的なエキス製剤に補中益気湯があります。

漢方医学の気については、西洋医学では説明できないので、今回取り上げた気の病については、西洋医学では治せないケースがよくあります。そのような患者さんの症状が、漢方薬によって、改善されることは、しばしば見受けられます。

「血」について

「血」について

「血」は、現代医学の血液に近い概念も含みますが、働き(作用)について、異なった概念も持ち合わせております。一つ目の作用は、全身を栄養し潤す作用です。血によって「栄気」という気を諸臓器に供給し、機能させます。例えば、皮膚が血色よく艶があり、毛髪に潤いや光沢があるのも、また目などの感覚器や筋肉が円滑に働くのも血の栄養作用のおかげです。したがってこの作用が不足すると、目が乾燥し、視力も衰え、手足の動きが鈍くなり、シビレを感ずるようになります。この作用は、比較的血液に近い作用ですが、もう一つの作用には、精神安定化作用があります。血は、精神活動の基礎物質と考えられており、盛んな状態に対する鎮静作用が機能の主体をなし、興奮を静めたり、冷静な判断をしたり、機能面では、ゆったりとした状態を提供します。血が不足すると、多夢、健忘、驚きやすいなどの精神不安症状が現れます。血の病証には血虚、血、血熱の症候があります。
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①血虚とは、血の量的不足(西洋医学的な貧血に相当)と血の持つ栄養・滋潤作用の不足です。したがって貧血がなくても栄養・滋潤作用の不足があれば、血虚と考えます。原因は、(1)生血不足(消化機能が弱く食べ物を食べても栄養が吸収されにくい状態症状)、(2)血の消耗過多(病気の長患い、ストレスなどによる七情過多の血の消耗、過労)、(3)出血過多があります。症状は、顔色に艶がなく、白っぽいなど顔色不良。爪甲に艶がなく、カサカサしている。爪がもろい。唇と舌の色は赤味が少ない。皮膚乾燥。筋肉の引きつり。目のかすみ。月経の遅れ。月経血の過少・無月経。不眠。動悸などです。治療は、栄養作用として当帰、地黄、芍薬、拘杞子、精神安定作用として丹参、酸棗仁、遠志、竜眼肉などの生薬を用います。エキス剤は、四物湯や加味帰脾湯などです。

②血とは、血の流れの悪くなる循環障害の病態、病理的現象をいいます。(血のことを日本漢方では、『おけつ』といいますが、中医学《中国の漢方》では、血は、血管にたまって、流れにくくなった血液や血管外に漏出した血液を指し、病理的産物をいいます。)原因には、

(1)気虚(気が不足することにより、気の推動作用が低下して(気のパワー不足)、血液が流れにくくなります)

(2)気滞(気が滞り、血を動かす気のパワーが伝わりにくくなり、血が流れにくくなります)

(3)血虚(血の不足により血管に流れる栄気が不足します)

(4)血寒(寒邪が血脈を犯すと血流が悪くなります)

(5)血熱(温熱の邪気に犯されたり、臓腑の失調、ストレスなどにより気の流れが悪くなり、熱を持つようになり、血が粘るようになって血流が悪くなります)

症状は、全身性の症状として顔色が暗い、月経異常、冷えのぼせ、肩こり、健忘などで、局所性の症状は、痛み(固定性で、圧迫すると、さらに痛みを増します。)、しこりや固まり、出血、血腫です。治療は、生薬として当帰、川、赤芍、牡丹皮、田七、桃仁、紅花などを用い、代表的エキス剤は、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、温経湯、桃紅四物湯などです。血の運行は、血自身の機能によって行われるものではないので、血だけを見て活血(循環改善)だけを考えるのではなく、気の巡りの悪さや熱の不足、湿などの障害物の存在、気の不足による動かすパワーの不足など種々の原因に目を向けて病態を分析することが必要です。例えば桂枝茯苓丸には、牡丹皮、桃仁、赤芍などの駆血剤の他に理気剤の桂枝、利水剤の茯苓が含まれています。

③血熱は、熱邪が、血分に侵入し、血分に熱がある状態で、症状は、発熱、鼻出血、口が苦いなどで、治療は、生薬としては、黄連、山梔子、黄柏、知母などを用い、代表的エキス剤に黄連解毒湯などを用います。

「津液(しんえき)」について

「津液(しんえき)」について

津液とは、人体中の正常な水液の総称で、唾液、胃液、涙、汗などが含まれます。津液の主な作用は、潤いを与えることであり、津と液に区分され、その性質、分布、作用も異なっています。津は、清く希薄なものをいい、分布は、広範囲で、皮膚体表などを滋潤させます。液は、比較的粘稠で、臓腑を滋養し、関節運動を円滑にさせます。ただし物質として明確にニ分できるものではなく、互いにつながりを持ち、機能的にも連携しておりますので、併せて津液として呼んでいます。津液は、あくまで生理的なものを指し、物質的に津液に相当するものでも、停滞や濃縮などによって、生体機能を阻害する存在になったものは、「湿(湿邪)」や「痰飲」と称され、病因的産物として位置づけされます。津液の病証には、津液の不足と過剰(水滞)があります。

津液不足

症状は、ほてりが特徴的で、鼻、咽頭や口唇の乾燥、声がかれる、口渇、舌質は赤く乾燥し、舌苔が消失し、皮膚が乾燥し、皮膚に張りがなくなる、毛髪に艶がなくなる、目がぼやける、目がくぼむ、空咳、便秘などです。

原因は、津液全体量が不足した場合と気の巡りが悪くなって、津液の運行に滞り来す場合があります。津液全体量の不足の原因は、

①津液の生成不足(津液は、飲食物が脾の作用によって生成されるので、飲食の不摂生や摂取不足が津液生成の不足の要因になります。)

②津液の消耗過多(高熱や長期にわたる熱、激しい下痢、嘔吐や発汗過多、不適切な利尿剤や発汗剤の使用の場合にも津液の排泄過多につながります。)があります。

治療は、生地黄、麦門冬などを用い、主なエキス製剤に白虎加人参湯、麦門冬湯、滋陰降火湯、炙甘草湯、六味地黄丸などを用います。

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【津液過剰】

水滞といわれ、非生理的な水液が体内に貯留した状態を指します。日本漢方では、水毒といいます。

原因は、津液の代謝障害で、主として津液代謝に関わる臓腑(脾、肺、腎)が失調することにより生じます。症状としては、脾の機能障害があると、胃中の水液が吸収されず、胃内停水(胃に水がたまって、チャポチャポ音がする状態)や下痢を引き起こします。肺の場合は、肺部に水がたまり、鼻水や稀薄清澄な痰(寒痰)を伴う咳を生じます。肺は、皮毛(皮膚)をも主どることから、浮腫やアトピー性皮膚炎などを生じやすくなります。腎の場合、排尿異常や浮腫を来しやすくなります。さらに水滞が上昇すると、眩暈(めまい)、動悸、息切れ、多量の痰をともなった咳嗽を生じます。

津液の代謝障害の原因には、
①外邪(風・寒・暑・湿・燥・火は、自然界の6種の異なった気候変化を指すもので、万物を育み、人体に無害ではありますが、これらの六気に異常(過剰や不足など)が生じると、人体の適応力を超え、発病因子となる)

②七情内傷(七情とは、善・怒・憂・思・悲・恐・驚の7種の感情の変動で、通常は、発病因子にならないが、突然強い精神的な刺激を受けたり、長期にわたってー定の精神的刺激を受け続けたりして、生理的に調節し得る許容範囲を超えてしまうと、このとき七情は、発病因子になり、疾病を発症させる。このような状況を七情内傷という)

③飲食の不適切

④久病や労倦(長引く疾病や疲労困憊)があります。

治療においては、水滞は、単に津液の総量の過剰ばかりではなく、生体に利用されない形で過剰になって体内に留まっているものをも指しますので、その解決策において単に過剰を去るのではなく、脾や肺、腎の働きを良くし、津液の運行を回復させることが必要です。すなわち水滞の治療において津液の輸送障害を取り除くことが重要な鍵になります。

水滞は、状態によって湿、痰飲、湿熱などに分けられます。湿は、症候的には、重だるさ、腫脹が特徴的で、場合によっては、冷感を伴い、下方に症状が出やすい特徴があります。エキス製剤には、越婢加朮湯や小青竜湯などを用います。痰飲は、湿が濃縮された形で、湿よりもさらに可動性を失い、限局性に停留する病態です。例えば、内耳に起これば、眩暈が生じます。エキス製剤に半夏白朮天麻湯などを用います。湿熱は、湿と炎症の熱が結びついた状態です。副鼻腔炎、気管支拡張症など慢性の炎症性疾患の原因になることが多い病態です。治療するエキス製剤には、辛夷清肺湯などを用います。

「臓腑」について

「臓腑」について

「五臓六腑(ごぞうろっぷ)にしみ渡る。」という表現を耳にしたことがあるかと思いますが、実は、五臓六腑とは、漢方(正確には中医学)由来の名称なのです。五臓には、心(しん)・脾(ひ)・肺・腎・肝があり、六腑には、小腸・胃・大腸・膀胱・胆.三焦があります。三焦《気の管理と水道(水の吸収と排泄経路)を通行させる機能単位》は、西洋医学にはない名称ですが、他の臓腑は、中医学と西洋医学において名称は、共通しております。

ただし、それぞれの臓腑は、中医学と西洋医学において解剖学的・生理学的・病理学的に一部には、似ている部分がありますが、ほとんどが異なっております。そもそも1774年に出版された『解体新書』を制作するにあたり、西洋医学の解剖書を翻訳する時に、内臓の名称付けを概念が異なっているにもかかわらず、内容を十分吟味せずに、中医学から借用したため、混乱を生ずることになったのです。例えば、Heartは、中医学の心臓と翻訳されましたが、中医学の心は、西洋医学における心臓としての機能の他に、大脳としての機能を持ち合わせております。ちなみに日本語においても心配、用心、心遣いなどの言葉は、心臓でなく、大脳の活動によって生じる行為を指しています。

五臓の共通の作用は、精・気・血・津液の栄養物質のエッセンスを生成し、貯蔵することです。六腑は、五臓と表裏(表が腑、裏が臓)をなし、水穀(飲食物)を受納し、消化して栄養分を吸収して、糟粕(屎尿)を排泄します。心と小腸、肺と大腸、脾と胆、腎と膀胱は、経絡でつながっています。経絡とは、人体内の経脈と絡脈の総称です。

直行する幹線を経脈といい、経脈から分かれて、体の各部分を網のようにつなぐ支線および経脈と経脈の間の連絡通路を絡脈といいます。経絡は、全身の気血の通路であり、このネットワークによって生体が機能されます。五臓は、気・血.津液と経絡で全身の各組織と結びついております。体の機能的単位が5つの臓器に分けられていますので、全ての病気や未病の治療と予防は、五臓を調整します。五臓は、それぞれが連絡をとりながら、相互に作用し合うようにして、機能します。そのことを理解するには、五行学説を知る必要があります。

五行説(ごぎょうせつ)

五行学説とは、人体を含む宇宙全ての事物は、五行(木・火・土・金・水)という 5種類の物質の運動と変化によって生成され、五行(木・火・土・金・水)の間の「相互に生み出し、相互に制約する」という関係によって、全ての物質世界の運動と変化を説明しています。同学説は、中医学においては、人体の生理、病理およびこれらと環境との相互関係などについての理論的根拠として用いられています。また診断と治療面においても重要な役割を担っております。
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五行の自然特性は

①木(もく)は木(き)のように上に伸びやかに自由自在に成長する性質を持っています。肝には、疎泄(そせつ)の作用(気を巡らせる機能)があり、抑鬱を嫌うので、肝は、木(もく)の行(ぎょう)に属します。

②火は、炎熱があって上昇する性質を持っています。そこで温熱や上昇するイメージのある物は、火の行に属しております。心臓は、全身に血液を循環させ、全身を温める機能を持っていますので、火の行に属します。

③土(ど)については、土(つち)は、植物に栄養を与えますが、脾は、食物を消化吸収し、気や血を作り出す機能があり、全身に栄気といった栄養を与える作用がありますので、土(ど)の行に属します。

④金は、いろいろな形に作る事ができ、変革のイメージがあります。肺は、ガス交換によって暗赤色の静脈血から赤い動脈血に変換する作用がありますので、金の行に属します。

⑤腎は、血液を濾過し、体の水分調節をする臓器で、尿として下方向に排泄することから、水の行に属します。

五行についてもっとも大切なのは、相生(そうせい)と相剋(そうこく)の関係です。

①相生は、五行の中で、ある行が他の行を助長し、育む作用です。木を焼けば、火を生じ、火は、灰・土を生じ、土(岩石)は、金属を生じ、水は、木を成長させます。木生火、火生土、土生金、金生水、水生木と循環させます。

②相剋は、五行の中で、いずれかの行が、他の行を抑制し、制約する事です。木は、土を搾取して成長するから、木剋土、土は、井戸(水)を埋めてしまうので、土剋水、水によって火が消されるので、水剋火、火によって金属が溶かされるため、火剋金、金属の斧によって木が伐採されるので、金剋木となります。

五臓についても相生・相剋の関係が成り立ちます。相剋が病的になると、相乗になります。例えば、ストレスで肝が傷められると、気の疎泄がうまくいかないと、脾を傷め、食欲を落とします。

まとめ

五臓のそれぞれの働きと相互関係をよく理解する事により、診断と治療において、大いなる手がかりになります。五臓(肝・心・脾.肺.腎)の働きについては、次回以降にそれぞれ順番に詳述したいと思います。

「肝」について

「肝」について

「五臓六腑」は、食べ物や空気から気・血・津液を作ったり運んだり、貯蔵したりする各器官といえます。食べ物や飲み物の栄養が気や血に変わる過程をたどると、まずは六腑が消化吸収を行い、その栄養を五臓が受け取って、気・血・津液を生みます。

五行説の中で、季節を5つの季節に分けています。木、火、土、金、水にそれぞれ対応するのが、春、夏、長夏、秋、冬です。方位については、東、南、中、西、北で、気については、風、暑、湿、燥、寒です。蔵でいえば、それぞれ肝、心、脾、肺、腎です。すなわち春、東に対応するのが、肝であります。

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東洋医学における肝は、西洋医学の肝臓と作用が全く異なっています。肝は、気の流れを通じて感情の調節や自律神経系によって体全体の機能が順調に行われるように調節する働きをしております。

肝は、樹木の性質に例えられ、大地の養分を吸い上げて、太陽のエネルギーを吸収して育ち、空に向かって、枝葉を伸ばし、広げる性質を持っております。

大地の養分は、腎や脾が作り出す精に該当し、太陽からのエネルギーが、心の陽気に該当します。気血を体の内部から体の隅々まで配り、発散力を供給する機能を肝臓が担います。肝の役割は、常に外に伸びやかに広がる力を提供します。発汗における外に向かう力、排尿の際の外に向かう力、射精時の外に向かう力を肝が提供し、発汗において肺が、排尿や射精において腎が、肝の外向きの力に拮抗して、調節を行います。

肝の機能

1.疎泄を主る。

疎泄とは、体全体に気、血、津液を順調に巡らせる機能をいいます。目的に応じて、必要なところに必要なだけ配分する調節機能を担っています。肝の疎泄は、全身気の機能・消化器機能・気持ちの調節をします。

①気機を暢達(伸びやかに)する。=気の巡りを順調に保つ

気機とは、昇降したり、出入りしたりする気の運動です。身体の臓腑や経絡の活動は、すべて昇降と出入りする気の運動によって行われます。肝の生理的特徴は、上昇と動きでありますが、これは、気機の流通、ノビノビする、上昇するなどの面で、重要です。

肝の疎泄機能が異常になると、2つの異常現象が起きます。一つには、肝の疎泄機能が減退した場合、気の上昇が不足して、気の流れが悪くなったり、気が悶々としたりして、気機不暢や気機鬱結などが起きます。気機鬱結により血行が障害され血(女性では、生理不順を生じたりします。)をきたしたり、津液の流れが悪く(湿蘊)なり、痰を生じたり、痰が経絡を塞ぎ痰核ができたりして、のどが詰まった感じ(梅核気)が生じます。もう一つには、腎陰が不足したりして、肝気があおられると、肝火上炎といって、目頭が腫れて痛む、顔や目が赤い、怒りっぽいなどの病理現象が発生します。

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②肝と脾胃

脾は、清らかな物を上昇させる昇清作用、胃は、不純物や混ざり物を下に押し流す降濁作用があって、この二つの働きのペアーで、食べ物から体に必要な物を取り込んで不要な物を体外に排泄します。肝の疎泄機能は、脾胃の気の昇降を助けますので、肝の異常は、脾胃の動きにも影響を与えます。肝と脾の連携が乱れて、脾から肝への受け渡しがうまくいかない状態を「肝脾不和」といい、必要な物を上昇させられずに、眩暈やふらつき、倦怠感、胃重感を起こすとともに、吸収の流れが押し戻されて、下痢になります。肝の上昇の気が胃に悪さをすると、降濁するべき物が降りませんから、便秘や服満感を生じ、さらに肝気が胃気を押し上げると、むかむか、ゲップ、嘔吐といった症状につながります。これを「肝胃不和」といいます。
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③情志(気持ち・情緒)を暢達する。

肝の疎泄がうまく働いている時には、感情を伸びやかに保つといった機能に反映されます。精神が、ゆったりした状態で情緒が安定し、気がスムースに流れ、気持ちが晴れ晴れし、精神状態が快適な状態を保ちます。しかし肝の疎泄機能が減退すると、肝気が鬱結し、抑鬱状態になります。鬱症には、中医学では、疎肝という肝の機能を調整する方剤を用います。(例えば、小柴胡湯などの柴胡剤)肝気亢奮すれば、怒り易くなり、失眠多夢などの症状が出現します。過度の精神刺激(例えば大怒、極度の抑鬱)は、肝の疎泄を障害し、肝気抑鬱、気機不調などを来します。

④肝と排卵・射精

排卵は、包蔵するものを放出する機能ですから、肝の疎泄の性質と一致します。肝鬱になると、卵を引き出す力が作動せず、無排卵になります。肝気が旺盛になると、排卵が促進され、月経周期が短くなります。このように、排卵は、肝気によって調節されていますので、単なる時間的周期だけでなく、性行為や感情によって左右される要素を持っています。この考えに則れば、愛情に包まれて行われる性行為によって、肝気を揺り動かし、排卵を誘発し、排卵時期ではないと思った予期せぬ妊娠につながる場合があります。
射精も肝の影響を受けます。逆に放出させないようにする収蔵の作用は、腎がつかさどります。出そうとする力が強すぎる実証の早漏は、肝気によるもので、若年者の早漏に多く、留めようとする力が弱い虚証の早漏は、腎気不足による年輩者に多い早漏です。

2.肝は、血を蔵す

肝は、血の貯蔵というより、体各部への血液量を調節する作用を有しています。肝血が不足する肝血虚や血の滞りによる血が肝の異常によってみられます。血と関係が深い皮膚や毛髪の異常、しびれ、睡眠障害などの症状を呈します。肝血中には、肝陽の亢進を抑える物質があります。肝陽上亢は、高血圧に相当しますので、中医学では、高血圧の治療には、主に肝から治療します。(例えば、平肝作用のある釣藤鈎を含む釣藤散などを用います。)また肝血には、目、筋、女子胞(卵巣・子宮)などの組織に特別な栄養物質を提供し、出血を防止する重要な作用があります。肝血不足が、月経血減少や逆に過多月経になったりします。

3.肝は、筋をつかさどる

肝は、筋の収縮弛緩のタイミングの調節をします。肝血が不足すると、筋の引きつり、けいれん、手足のシビレ感などが見られます。

4.肝の華は爪にある

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肝が充実していれば、爪は、艶がありピンク色を呈しますが、肝血不足では、爪の色が悪くなり、もろく、変形します。

5.肝は、目に開竅する

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精神神経疾患に特有な眼光、興奮時の眼瞼充血など肝と関係する病気の時に現れる目の変化が観察されます。視力の維持にも関わり、肝血は、目を潤し、しっかりと見る事ができます。イライラしたり、カッカしたり、肝の熱が強すぎると、目が乾燥します。

「心」について

「心」について

「心」は、五行では、「火」に属します。中医学では、「心」といえば、 西洋医学でいう心臓と全く同一の意味では、ありません。 勿論、西洋医学の心臓の機能としての循環の原動力としてのポンプ役を担っていますが、 同時に意識や精神活動、つまり西洋医学で言えば、 脳の働きに関係する部分も「心」の働きとしてとらえることが出来ます。 間接的に睡眠の仕組みとも関係します。「心血」は、心が安まる状態を指し、「心血虚」となると、 心血不足から不安感が強まり、不眠、浅眠、多夢となります。 心血虚の代表的エキス剤には、加味帰脾湯などがあります。

「心」の状態が、外から目でうかがえる場所は、舌で、特に舌の先に「心」の状態が反映されます。 舌の情報は、「心」だけではなく、全身の情報を手に入れることができ、 東洋医学の診断をする上でとても大切な場所です。「舌診」については、後ほど触れます。

「心」は、「小腸」との関係が深く、「心」の異常が「小腸」に及ぶと、口内炎や尿が濃い、 残尿感や排尿時の灼熱感など、「小腸」の機能と関係する症状が出ます。 ここでの中医学でいう「小腸」の考え方は、西洋医学の小腸と意を異にし、尿の生成と関連しています。 五行の考え方に従うと、「火」である「心」は、 色では、「紅」、味では、「苦」、情志では、「喜」と関係が深いとされます。 喜びの気持ちがこころをときめかすことから、心と喜との関係が説明できると思います。 「心」の機能が異常になると、動悸、顔色が悪い、手足が冷える、 立ちくらみなどの循環器症状が出現するほかに、先ほど触れましたように心血虚状態から焦燥感、 驚きやすい、などの症状が出現したり、睡眠が浅い、不眠、夢を多く見るなどの睡眠障害がみられます。 舌の痛みやびらん、あるいは舌が硬直したり、言語障害など、舌にみられる異常の中には、 「心」と関連しているものが多くあります。

舌でわかる体の状態について

舌診では、舌の形、色を見、次に舌苔の性状、色を判別します。

舌の形

全体にぼてっとして大きい感じを受けるものを「胖大」といいます。 舌の周りがガタガタになっているのは、歯の跡がついたもので「歯痕」といいます。 舌がむくんで口の中でふくれた状態が長く続いたために歯の形がついたもので、 「胖大」と同じような意味を持っております。どちらも脾虚(脾の働きが悪いため、 食欲が低下したり、気が不足する状態)、湿盛(余剰の水分がある状態、痰飲ともいいます。)、 気虚(気が不足する状態で、疲れやすいなどの症状が出現します。) 反対に舌が痩せて薄いものは、血虚(血の滋潤作用の不足で、皮膚の乾燥、目がかすみや不眠など)、 陰虚(津液不足のことで、空咳、のどのいがらさ、足の火照りなど)などを示します。 舌に裂け目があるものをれつもん「烈紋」といって、 病的には、熱が盛んで陰液の消耗が激しい陰虚や血虚を示します。

舌の色

淡い感じや白っぽいのは、陽虚、気虚、血虚などがみられます。 「淡紅」と表現されるほんのりした赤さが正常とされ、陰陽のバランスがとれた状態です。 紅さが強くみられるものは、熱証や「陰虚火旺」と呼ばれる陰分が不足して、 相対的に陽気が強くなって熱を帯びた状態です。もっと赤味が強い「絳」と呼ばれるものは、 熱が盛んで熱邪が内部に深く侵入しているものをさします。紫色が認められるものは、 血お(血液がよどんで、流れの悪い状態)の存在を示します。 紫色が、舌全体にみられるものや部分的に局在してみられる場合(お斑)があります。

舌苔

舌の表面には、うっすらと白い苔が生えているのが普通です。 この舌苔は、体の状態によって変化し、東洋医学の診断に重要な手がかりになります。 苔の厚さ、湿り具合、色を観察します。正常は、白い薄い苔で適度に潤いがあります。 厚い苔は、病邪の勢いが強いことを示します。通常の苔の厚さが厚くなっても、 顆粒状に苔が集合しておりますが、苔が融合してべたっとした状態になることがあります。 この舌苔の異常のことを「じ苔」といいます。 じ苔は、湿濁や痰飲といった陰液過剰状態(日本漢方では、水毒といいます。)や 食積(食べ過ぎで消化しきれない状態)など、体の内側に余り物が沢山ある状態を示しております。 こういった舌をみたら、食べ物や飲み物の摂り過ぎかどうかをチェックする必要があります。 摂り過ぎがあまりなくても 苔が見られる人がいますが、通常の食事でも負担になり、 消化しきれない体質で、脾虚の存在が考えられ、六君子湯などの漢方薬の助けが必要となります。 苔が殆どみられない「無苔」や部分的に剥がれてしまっている「剥苔」は、陰液の不足や気虚を示します。 舌全体が乾いたものは「燥」で、津液不足や病邪の性質が熱や燥に変化したことを意味します。 舌の表面が透明な液体で覆われて過度に湿潤した状態を「滑」といい、湿痰や寒湿を示します。 舌苔の色は、白、黄、黒などに変化します。白は、寒や湿、黄は、熱と関連しています。 黄色の舌苔には、清熱作用のある黄連解毒湯などを用います。

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「脾」について

「脾」について

「脾」は、五行の「土」に属します。中医学では、「脾」は、「胃」と共に、消化吸収に関する働きを担っていると考えられており、西洋医学の脾臓とは、生理機能が、全く異なっています。

(実は、ドイツ語のMilzを日本語に訳す際に、全く生理作用が異なっているにも拘わらず、翻訳者は、十分な知識がないままに、「脾」という五臓の内の一つ臓器の単語を借りて、脾臓と誤訳したのです。)

「脾」の作用は、以下のような作用があります。

①「脾」の働きは、単なる消化吸収だけでなく、「脾」には、「脾」によって飲食物の中からより分けられた、体に必要な栄養物(中医学では、「水穀の精微」といいます。)を全身の各組織に供給する機能があります。

この水穀の精微は、肺からの清気(ほぼ酸素と同義)と結合して気となって、心の推動作用、肺の宣散(発散・散布といった外に向かわせるパワーと)と粛降(下に向かわせるパワー)によって、さらに肝の疎泄作用(気を巡らせる作用)によって全身に配られます。さらに脾が、よくこの機能を果たすためには、腎陽の温める作用の手助けが必要です。すなわち脾によって飲食物から吸収された栄養素は、脾以外の心、肺、肝、腎の臓器の共同作業によって、気が全身に配られるのです。

②また「脾」の作用として、気以外に血も作る作用があり、

③さらに「統血」といって血液が血管外に漏れ出さないようにする作用もあります。

④津液代謝の中で大きな役割を担っており、体内の水分の吸収と排泄を促進する機能をします。したがって「脾」は、「気・血・津液」全体の補充や運行に欠かせない臓器です。このように「脾」は、この世に生まれてから「生命力」を補充する重要な臓器であり、「後天の本」と言われております。

(参考までに、腎は、先天の本と言われております。)

⑤「脾」は、気血を産生する働きを通して、全身の筋肉に栄養を送り、手足の力を維持しております。

⑥「脾」は、昇性を持っており、脾によって吸収された水穀の精微が、中焦の脾から上焦の肺に送られるのは、脾気の昇性作用によるものです。もし脾気が虚すれば、脾気の不足に伴い、その昇性も失われるので、胃下垂、脱肛、子宮脱その他の内臓下垂を生じます。

「脾」の出口は、口であり、「脾」の機能の状態により食欲や味覚が左右されます。従って、「脾」の働きに異常が生ずると、味がない、食欲がない、下痢、軟便、腹痛、胃が重いなどの消化不良や胃腸の症状が出現しますが、元気がない、顔色が悪い、疲れやすい、痩せる、手足に力が入らないなどの気血の不足の症状もみられます。血液を漏らさないように保つ統血の機能障害が及ぶと、血便や不正性器出血、皮下出血などの症状が出現します。五行では、「脾」は、「黄」、「甘」、「思」と関係し、疲れた時に甘いものが欲しくなったり、考え事が多くなると、食欲がなくなることと関係しています。「脾」は、肝によって影響を受けやすく、ストレスによって肝における気の疎泄作用(気の巡りをよくする作用)が阻害されると、「脾」の働きが低下し、食欲を落とす原因にもなります。このことを肝脾不和といいます。

これは図1における相剋の関係に相当しています。

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「後天の本」として重要視される「脾」は、生命力の補充や多くの働きを支えると同時に、物質を作り出す場所でもあります。「脾」は、湿を憎む性質があるため、過剰な飲水や空腹感を伴わない義務的な飲食が「脾」をいじめますので、食生活を初めとする生活習慣を正しく持ち、「脾」に負担を掛けないようにして、生命力の補充を阻害しないようにします。さらに、肝脾不和にならないように、ストレスを抱え込んで、肝気を病的にいじめないように、気分を伸びやかに保つことが必要です。

「肺」について

「肺」について

「肺」は、生命力を補充する重要な臓器です。「肺」は、五行の「金」に属します。呼吸を通して「清気」を体に補充し、「濁気」を排出する働きは、西洋医学でいう肺の呼吸の機能に共通していますが、東洋医学では、さらに広い意味を持ち、津液を体に散布する役割や皮膚の調節、外邪からの防御作用なども担っています。つまり、西洋医学でいう呼吸機能だけでなく、水分代謝、皮膚の状態、汗腺機能、免疫機能も「肺」と関係しています。

「肺」の機能として「宣散・粛降」という働きがありますが、体内から「肺」に集められた気・血・津液は、宣散によって体表・上方に向けて、粛降によって内側・下方に向けて放散されます。宣散は、体表・上方に向かう動きを指しますので、主に体表を守る衛気(=免疫機能とほぼ同意)との関連を持ちます。

粛降は、気を内側・下方へ誘導し、栄養物質(栄気、衛気、宗気など)を肺気を動力源として、各臓器に分布され、潤され、温められ、栄養されます。こうして、降りてきた清気は、「腎」により納気(気を納める)されます。このように、呼吸は「肺」と「腎」の共同作業により完全な呼吸になるのです。

「肺」と「腎」の共同作業がうまくいかないと気管支炎、喘息などの症状が出ます。したがって治療に当たっては、「肺」の治療と同時に、「腎」の治療に常に心を配らなければなりません。人体の津液代謝は、中医学でも「脾」の運化作用(=食物を消化・吸収し、その栄養物質を全身の各組織に供給する機能)、「腎」の気化作用《vital energy〈=生命エネルギー〉を活性化させることで、ある臓器が機能できるように活性化させる作用》の他に、肺の粛降作用も関与しています。肺の粛降作用により津液がスムースに腎・膀胱に輸送されます。この粛降作用が不調になると、浮腫や排尿困難となります。

また、肺の宣散作用が失調すると、汗が少なくなり、筋と皮膚に浮腫を生じます。 「肺」の外界の出入り口は、鼻で、鼻の機能は、「肺」と深く関係します。したがって鼻の症状であっても、花粉症、アレルギー性鼻炎、嗅覚異常などは、「肺」の治療として考えます。肺や皮膚、鼻において共通することは、体の表面で外から侵入するものや外の環境から体を守るための働きを持っていることです。声帯も同様に考えますので、しゃがれ声などの声の異常も「肺」の病気として考えます。

「肺」は、大腸と関係が深く、便秘や下痢などの排便の異常と「肺」の関係を考えます。「肺」を治すことにより排便異常を治療したり、逆に、便通をよくすることで「肺」の病変を治したりすることがあります。「肺」は、「白」「辛」「悲」と関係します。悲しみで泣くときは、嗚咽となって呼吸が乱れるなどの現象から類推できるでしょう。

辛いものを食べると、「肺」の持つ汗腺機能を亢進させて、発汗が増えるなどの現象から関連性を見ることができます。肺の機能が異常になると、咳・痰や呼吸困難、息切れ、喘息などの呼吸器症状の他に、「肺」は、津液代謝にも関わりますので、浮腫や尿量減少、排尿障害などの水分代謝に関係する症状も出やすくなります。

また皮膚の乾燥や多汗・無汗などの皮膚の異常や発汗異常がみられるほか、風邪をひきやすいなどの免疫に関係した症状も多くなります。さらに「肺」は「気」を補う重要な役割の一部を担っておりますので、「肺」の異常で疲れやすい、気力が出ないなどの気虚の症状もみられます。「病象学説」の考え方では、「肺」は、呼吸のほか皮膚とも関係していますので、いずれも「肺」と関連している喘息やアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患は、同一人物に合併しやすいのも頷けます。

したがってこの種の病気は、「肺」が関わる機能として水分代謝の異常との関連も深く、水分の摂りすぎを控えることが大切になります。また水分代謝は「脾」、つまり消化機能との関連が深く、同時に、「肺」は「脾」の働きに助けられて育つ関係にありますから、食事の摂生もたいせつになります。いわゆる食事アレルギーや食事によるアトピーの悪化などの現象ともに一致しているわけです。

西洋医学では特別な原因物質のみを取り上げて、それを排除するような指導をすることが多いですが、東洋医学では原因物質のみにとらわれず、消化機能に負担を欠けないように指導します。原因物質を避けることは、いわば「臭いものに蓋」をしている状態で、体がその間に自然に変わってくれなければ、いつまでもそれを避けていなければなりません。東洋医学では、これらの病気を治すときに、「肺」と「脾」の両方の機能を高めることで、原因物質があっても平気でいられる体にしようと試みるのです。

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アトピー性皮膚炎ばかりでなく、喘息や鼻炎でも、消化機能への負担を避けることは同じ理由で大切なのです。《肺の病証》 「肺」は、「肺為嬌臓、畏寒、畏熱」(=肺は、華奢な臓器で、寒さをこわがり、熱さもこわがる)といわれるように、五臓の中では外邪に一番弱い臓器とされています。さらに他の臓器(腎、脾、肝,心)からもすぐに影響を受けやすい特性があります。それ故、「肺」は容易に実証になりやすく、虚証にもなりやすい特性があります。

虚証

(1)肺気虚:〈主証〉声も小さく、ボソボソとしゃべる。顔色がすぐれず、いつも疲れている。風を嫌い、寒がりで、すぐ風邪を引いてしまう。治療法は、黄耆を含む補中益気湯や玉屏風散などを用います。

(2)肺陰虚:〈主証〉乾いた咳をする。痰はあってもその量は少なく、粘っこい。常にノドがカラカラに乾き、声はかすれてしまう。身体はやせている。舌は赤い。

滋陰作用(潤す作用)のある生地黄、熟地黄、麦門冬、百合.貝母などを含んだ百合固金湯や滋陰降火湯、麦門冬湯などを用いる。

実証

(1)風寒束肺:風寒が肺を取り囲み、宣散と粛降する肺気の動きを止めてしまう。〈主証〉ゼイゼイした咳をするが、痰は、清く、うすい。時に泡を混じる。悪寒がして発熱する。鼻がつまり、鼻水が出る。治療法は、小青竜湯などを用います。

(2)風熱犯肺:〈主証〉ゼイゼイした咳をするが、痰は、黄色をして粘っこく、出しにくい、頭痛、発熱して、ノドが痛む。鼻がつまり鼻水が出る。治療法は、麻杏甘石湯などを用います。

(3)燥邪犯肺:燥邪が「肺」を痛め、肺陰(肺の潤い)を損なうため、肺の宣散と粛降がうまくいかなくなり、乾いた咳が出現します。治療薬は、清燥救肺湯(石膏8g、桑葉6g、党参・麦門冬各5g、麻仁・杏仁・枇杷葉各4g、甘草・阿膠各3g)などを用います。

(4)痰濁阻肺:〈主証〉咳が出て、ゼイゼイするが、痰の量が多く、白色で出しやすい。治療薬には、二陳湯などを用います。
肺を丈夫にする生活対応

体が一日の変化、四季の変化を明確に感ずるようにすることです。夏は夏らしく暑い環境で発汗を意識して過ごし、クーラーに一日中、身をゆだねないことです。冬は冬で、衣服で被い、肺の負担を減らすようにし、暖房を利かせすぎないようにします。さらに空気が乾きすぎないように湿度の管理も必要です。

「腎」について

「腎」について

「腎」は、五行の「水」に属します。「腎」は、西洋医学的には、血液を濾過して尿を作るいわゆる腎臓としての機能も含みますが、それ以外に多くの働きを持っています。東洋医学の「腎」は、成長、発育、生殖に関する働きを生涯にわたって左右する非常に重要な生命力の元と考えられており、「先天の本」と呼ばれます。「先天の本」の働きは、この世に生まれてから、「脾」のところで触れましたが、「後天の本」である「脾」の働きによって補充されます。

この「腎」の調節によって、幼児期から思春期・壮年期への成長や機能の発達が促されます。したがって「腎」は、性機能や排卵・月経などの生殖機能と関係が深いほか、骨の発育や維持、歯・髪などとも深く関わっています。やがて「腎」の勢いの衰えとともに、老年期に移行します。幼児期頃には、髪も少なく歯が生えていないのが、「腎」の充実と共に生えそろってきて、加齢よる「腎」の衰えと共にまた抜けてくる現象と一致します。

骨においても同様で、老年期になると「腎」が衰え、骨粗鬆症になります。骨粗鬆症にならないためには、「腎」の勢いを温存するように日常生活を送らなくてはなりません。「腎」は、背筋や腰の筋肉、下半身の力と関係しているので、老年期になると、「腎」の衰えと共に腰が曲がったり、足腰が弱くなってきます。排尿異常や夜間尿なども「腎」の機能と関係します。

「腎」の外界との連絡口は、まず耳であり、ほかに「二陰」があります。「二陰」とは尿道を含む外性器と肛門の二つの口を指します。つまり「腎」は、生殖機能のほかに排尿排便の調節とも関係します。したがって高齢者の大小便の失禁は「腎」の衰えと関係します。老人性難聴や耳鳴りも「腎」の衰えと関連します。

「腎」は、「黒」、塩辛いに相当した「鹹」という味、「恐」と関係しています。「腎」と関連する病的症状は、無月経、子宮発育不全、排卵異常、不妊、無精子症、精子過少症、インポテンツ、早漏などの生殖機能異常のほか、尿閉、排尿の勢いが悪い、頻尿、夜尿、失禁などの排泄異常、難聴、耳鳴り、眩暈、白内障、骨粗鬆症、歯が抜ける、白髪、脱毛など、「腎」の機能と関係深いものが挙げられます。子供では、知能の発育不全などが見られます。

そのほかに、「腎」の陰陽は、体全体の陰陽を左右することが多く、「腎」の異常によって陰陽失調による全身症状も起きます。足腰のだるさなどの症状のほか、腎陰虚では、皮膚や唇の乾燥、口渇、熱感、足の火照り、空咳、のぼせなどのほか、不眠、夢が多い、頭痛、動悸など熱や煩燥の症状がみられます。方剤としては、六味丸、知柏地黄丸を用います。腎陽虚では、元気がない、寒がる、手足が冷える、多尿、頻尿、夜間尿、息切れ、呼吸困難、浮腫などの症状がみられます。方剤としては、八味丸、牛車腎気丸などがあります。

このように「腎」の異常では、加齢によってみられる変化と関連した症状が多くみられます。腎陽は、真陽とも言われるように、他の臓腑の陽気に影響を与えています。すなわち腎陽の不足では、脾の陽虚、肺の陽虚、心の陽虚を引き起こし、腎陽は、他の臓腑の働きに影響を与えます。また逆に脾、肺、心の陽虚が長引けば、腎陽虚を引き起こします。

「腎」は、「先天の本」として、生命力の根源と深く関わりますので、喘息をはじめとした多くの慢性病や自己免疫性疾患はじめとした多くの難病の中で、「腎」の関わりを考慮して治療を進める場合が多くあります。「腎」を温存するためには、睡眠不足、過労や精神の酷使など、体に苛酷な状況を作らないことが重要です。早い時期からの性行為や過度の性行為を避けることが大切とされています。江戸の学者の貝原益軒は、精気をしばしば漏らせば、大いに元気を費やすので、男性は40歳を過ぎたら、「接して漏らさず」と言って、性行為をしてもなるべく射精しないようにと説いています。

以上肝、心、脾、肺、腎と五臓についてお話ししてきましたが、例えば腎陽のところで触れましたように、五臓は、単独で考えるばかりではなく、それぞれの相互関係を理解しながら、診断し、治療しなければなりません。土から鉱物が出来るように「土」は、「金」の母になる関係にあります。「肺(金)」の病気に属するアトピー性皮膚炎や喘息は、ストレスをかけないことや食べ過ぎないなどの「脾(土)」の負担を掛けないようにすることが大切です。

これは、図1のように五行説の「脾」が「肺」を生む「相生」の関係から導かれましょう。逆に「肺(金)」の子にあたる「腎(水)」を補強することで、喘息を治療する方法もあります。喘息の治療に八味丸が有効なことがしばしばみられます。

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「肝」の病証と治療 ~前編 実証編

「肝」の病証と治療 ~前編 実証編

東洋医学では、肝は、気の流れを通じて感情の調節をしたり、自律神経系によって体全体の機能を順調に調節する働きもしますので、西洋医学における肝臓とは、全く別の臓器であると考えてください。

肝の病証
肝の病証は、虚実に分類されます。今回は実証について述べたいと思います。

①実証

(A)滞りが原因(巡りの悪さが機能障害を来す場合)と(B)生体機能が異常亢進した病態に分けられます。

(A)滞りが原因

肝気鬱結(かんきうっけつ)

肝の疏泄機能(気を伸びやかに巡らす作用)が失調して、気の流れが鬱滞した状態です。感情の抑圧や怒りが原因になります。肝気鬱結(肝気の滞り)となり、抑鬱状態(精神的な落ち込み状態)、ため息をよくついたり、イライラしたり、怒りやすくなったり、感情の起伏が激しくなったりします。女性では、生理痛(張ったような痛みは肝が関係します。)、月経異常を生じます。伸びやかに巡っていた気が滞るのですから、気滞が生じた部位には、膨満感や疼痛が生じます。特に肝経に沿った、張ったような痛みを生じます。

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肝経とは、(陰部・下腹部・胸郭・乳房・咽喉・眼の奥・舌根部・唇の裏・前額部・頭頂部)を指します。

過敏性腸症候群の下痢、腹満、腹痛も肝が関与します。咽喉部に肝気が停滞し、痰飲(津液の流れが悪くなる状態)が加わると、梅核気(梅干しが喉もとで支えたような感覚)を生じます。肝気が鬱結し(流れが悪く)、消化器系に悪影響を与えることがあります。そのことを肝気横逆といい、脾の機能が低下する肝脾不和と胃の機能が低下する肝胃不和を生じ、悪心、嘔吐、食欲低下、下痢、腹痛を起こします。具体的には、ストレスで食欲が低下したり、下痢したりする現象などが挙げられます。

肝気鬱結の治療には、疏肝理気(肝気を疏し、気を理める=気の巡りを良くし、精神・情緒を安定させ、リラックスさせ、気持ちを晴れ晴れとさせる事と自律神経の機能を調整する事)を行います。生薬としては、柴胡、鬱金(日本のウコンと異なります。日本のウコンは、姜黄のことを指します。)、青皮(ミカンの未成熟果皮)、香附子、延胡索、蘇梗(紫蘇の茎の部分)、烏薬などを用います。エキス剤としては、逍遙散合温胆湯(逍遙散〈柴胡、当帰、白芍、茯苓、白朮、甘草、生姜、薄荷〉と温胆湯〈半夏、陳皮、甘草、竹茹、枳実、生姜、大棗〉の合方)、柴胡疏肝散(四逆散〈白芍、柴胡、枳殻、甘草〉に香附子・川弓を加えたもの)、加味逍遙散などを用います。喉もとが支えたような梅核気では、半夏厚朴湯〈半夏、厚朴、茯苓、蘇葉、生姜〉を用います。生理が一定しない場合や生理に関連して張ったような痛みが胸、下腹部、腰にあり、生理時に情緒不安定になる場合には、女神散、加味逍遙散、定経湯(当帰、白芍、熟地黄、山薬、茯苓、菟絲子、柴胡、荊芥穂)を用います。前述しました肝脾不和の治療には、食欲の低下が著しい脾虚が顕著な場合、痛瀉要方(白朮、白芍、陳皮、防風)、エキス剤として六君子湯+半夏厚朴湯、加味逍遙散+香蘇散を用い、気滞(気の巡りが悪い)や疼痛の顕著のものには、柴胡疏肝散(柴胡、枳実、白芍、甘草、香附子、川 )、エキス剤として四逆散+平胃散を用います。湿の顕著な場合には、柴胡疏肝散+胃苓湯(蒼朮、厚朴、陳皮、甘草、桂枝、白朮、沢瀉、茯苓、猪苓、生姜、大棗)、エキス剤として加味逍遙散+胃苓湯を用います。

肝血於滞(かんけつおたい)

肝気の疏泄作用が長期間にわたることにより血の巡りが悪くなる(血お)病態。症候 : 顔色は青黒く、くすんだ感じ脇の下が詰まる感じや痛み、舌質 : 暗紅、症状 : 痛みの特徴は、刺すような痛みで夜間に強くなる。処方は、血府逐お湯(当帰、生地黄、川弓、赤芍、桃仁〈桃の種〉、紅花、柴胡、枳殻、帰郷、牛膝、甘草) 

寒滞肝経(かんたいかんけい)

寒邪が肝経に侵入し、肝の疏泄機能が失調し、気血が滞り、強い痛みを生じます。下腹部痛や肝経は、生殖器を絡んでいますので、睾丸痛や月経期に下腹部疼痛があり、温めると痛みが軽減します。処方は、生理痛、生理前の下腹部痛、手足の冷えに温経湯(呉茱萸、当帰、川弓、白芍、人参、桂枝、阿膠、牡丹皮、生姜、半夏、麦門冬、甘草)や下腹部痛や睾丸の痛みには、暖肝煎(肉桂、小茴香、茯苓、烏薬、枸杞子、当帰、沈香、生姜)などを用います。

肝経湿熱(かんけいしつねつ)

湿熱の邪が肝経に滞り、脇痛、口苦、黄疸、倦怠感などの症状が出現します。肝炎や胆嚢炎の病態を指します。処方は、茵陳蒿湯、大柴胡湯、小柴胡湯+茵陳蒿湯を用います。

(B)生体機能が異常亢進した病態

肝火上炎(かんかじょうえん)

激怒による肝気暴張(肝気が爆発しそうな勢いの状態)や肝気鬱結が、長く続くと、熱を生じ、火となって、肝火が上逆して特徴的な症候を呈します。舌質は、紅で、舌苔は、黄になります。症状としては、赤ら顔、目の充血、目眩、耳鳴り、口苦感、激しい頭痛など顔面に熱症状として現れます。

治療法としては、清肝瀉火(肝によってもたらされた熱を冷やす)を行います。生薬としては、肝火を瀉す(肝によってもたらされた火を消す)龍胆草、清肝作用(肝の熱を冷やす)のある黄ごん、山梔子(クチナシの実)、夏枯草などを用います。頭痛、眩暈(めまい)を生じたときは、石決明(アワビの貝殻)、釣藤を用います。目の充血には、決明子、菊花、桑葉などを用います。

処方としては、龍胆瀉肝湯が代表的です。黄連解毒湯や三黄瀉心湯なども用いられます。

肝腎の陰液が不足して、肝陽を制御できなくなると、相対的に肝陽が亢進し、陽気が上方に浮動します。陽気には温性があり、強まると熱性を持つようになりますので、以下の症候を呈します。舌辺が紅になります。症状としては、頭がわずかに張って痛む、目がかすむ、まぶしく感じる、軽い吐き気を感じる、耳鳴り、不眠、口舌乾燥などです。

治療としては、生薬は、釣藤、天麻、白芍、石決明、羚羊角などの平肝薬、生地黄、枸杞子、女貞子、亀板(亀の甲羅)、天門冬、麦門冬などの滋陰剤(津液を補い、潤す作用がある薬)、牡蛎、石決明などの潜陽薬(肝陽上亢を鎮める薬物で、脳や自律神経の興奮を鎮める)が用いられます。

処方としては、陽気が強い時は、天麻釣藤飲(天麻、釣藤鈎、石決明、山梔子、黄ごん、牛膝、杜仲、益母草、桑寄生、夜交藤、茯神)、エキス製剤では、釣藤散と大柴胡湯を合方します。陰虚が強い場合は、杞菊地黄丸(枸杞子、菊花、熟地黄、山茱萸、山薬、茯苓、沢瀉、牡丹皮)を用います。エキス剤では、六味丸に釣藤散を加えます。肝陰虚(肝の陰液不足)に腰がだるい、足の火照りなど腎陰虚の症状が加わったら、知柏地黄丸(知母+黄柏+六味丸)、左帰丸(熟地黄、山薬、山茱萸、牛膝、菟絲子、鹿角膠、亀板膠)左帰飲(熟地黄、山薬、山茱萸、枸杞子、炙甘草)を用います。

肝陽上亢(かんようじょうこう)

肝火上炎も肝陽上亢も陽気が優勢な症状が出現しますので、症状が似ているかのようでありますが、相違点を把握して鑑別する必要があります。以下に表1を挙げました。

表1.肝火上炎(かんかじょうえん)と肝陽上亢(かんようじょうこう)の識別

肝火上炎(かんかじょうえん)肝陽上亢(かんようじょうこう)
病  態気鬱や激怒などで蓄積した熱が火に変わり、火の勢いが上方にたち上がる実熱証。激しい突発性の症状を呈する陰虚を背景として、陽気を制御できなくなったために、陽気が上方に浮上する。熱象は陰虚内熱による虚熱(陰液が不足して相対的に陽気が高まった熱状態)持続性でやや穏やかな症状を呈する。
頭  痛痛みが激しい。目が赤く充血する。上方は実だが下方には虚が見られる。一般には頭痛や頭脹の程度は軽い。目がかすむ、まぶしい、眩暈などを伴うことが多い。
顔面紅潮火熱の紅潮なので、肝火上炎の病初期から必ず認められる。触れると熱感がある。内熱による紅潮なので、病気が長期にわたるほど多く見られ、出たり消えたりする。触っても熱感はほとんどない。
耳鳴り潮のような拍動性の激しい音で、ひどい場合はそのために難聴になる。蝉の鳴き声のような音。昼間は気にならず、夜間静かになると聞こえる。
煩躁易怒怒り方は激しい。ちょっとしたことで爆発する。なかなか静まらない。通常は靜かで、相当な理由がないかぎり自然に怒り出すことはない。
口舌乾燥熱の上昇に乗って口に到るので口苦を伴う。火の勢いで陰が消耗する口渇なので、水を飲みたがる。内熱による乾燥なので、さほど水を飲みたがらない。
舌苔、脈舌の辺縁や舌尖ともに紅い。点刺(辺縁、舌尖紅色の点)がみられる。黄苔が厚く乾燥している。脈は弦あるいは弦滑で、多くは数や大を兼ねている。舌が紅くなっても、点刺は見られない。舌苔が少ない方である。脈は弦数で多くは細を兼ねる。
その他脇痛、吐血、鼻血、呑酸、嘔逆、狂躁、大便秘結、小便短赤顔色がすぐれない、眩暈、多夢、目が乾く、四肢硬直、しびれ、過少月経、閉経盗汗、耳鳴り、健忘、下半身がだるい

肝火犯肺(かんかはんはい)

肝気の滞りが長時間にわたると、熱を持ち、火に転じたりすると、あるいは、熱邪が肝経にこもって肺に侵入したりすると、肺陰を消耗して、肺の陰液不足をもたらす。肝は、疏泄(特に肝から肺へ上方向に気を巡らせる)を主り、肺は、粛降(下方向に巡らせる)を主ります。この両者が協調することによって正常な健康状態を作り出します。もし肝火が上昇して肺の粛降が損なわれると、気逆(気の逆流)を起こし、激しい咳をします。肝は、目に開竅しますので、肝火が上昇すれば、目が赤くなります。頭に上れば、イライラして怒りやすくなります。

肝風内動(かんふうないどう)

症状としては、激しい眩暈や頭痛、頸の後方のこわばり、四肢の痙攣や麻痺、耳鳴り、顔面神経麻痺、昏睡、意識障害などです。脳の興奮に伴う症候と考えられ、脳血管障害の前駆症状のことがありますので、注意を要します。治療は、平肝熄風(肝を平夏、風を熄ませる)をする。生薬としては、天麻、釣藤、羚羊角、地龍(ミミズ)、全蠍(サソリ)、僵蚕(かいこ)、蜈蚣(ムカデ)などの熄風薬、及び菊花、石決明、珍珠母、龍骨、牡蛎などの平肝潜陽薬、地黄、白芍、阿膠、亀板、磁石などの育陰潜陽薬、黄連、黄ごん、大黄、山梔子などの清熱解毒薬が用いられます。処方としては、釣藤散、抑肝散、鎮肝熄風湯(竜骨、牡蠣、亀板、牛膝、代赭石など)を用います。

「肝」の病証と治療 ~後編 虚証編

「肝」の病証と治療 ~後編 虚証編

前回は、肝の病証の「実証」についてお話ししましたが、今回は、「虚証」について説明いたします。

②虚証

虚証には、(A)津液や血の不足と(B)陽気の不足に分けられます。

(A)津液や血の不足

肝血虚(かんけつきょ)
全身を栄養する肝血が不足する病態で、滋養作用(栄養を与える作用)が低下し、それぞれの部位での機能低下を引き起こします。そのため、それぞれの障害部位に対する治療法も異なります。症候としては、顔色が蒼白となり、舌が淡白になります。症状は、肝の関わる部位に対応して、視覚障害、筋肉障害、髪、皮膚、爪の異常がみられます。

(a)【肝血が不足して、筋肉や皮膚、髪の毛の栄養を与えられなくなった場合】
手足がしびれたり、筋力が低下したり、つりやすくなったりします。皮膚が乾燥したり、髪がパサついたり抜けたりします。爪がもろく、変形しやすくなります。

治療としては、煎じ薬では、補肝湯(当帰、白芍、川 、熟地黄、酸棗仁、麦門冬、木瓜、甘草)を、エキス剤は、四物湯、疏経活血湯、当帰飲子、六味丸、大防風湯を用います。特に手足のシビレ、筋力の低下には、四物湯か十全大補湯に血の巡りをよくする鶏血藤、紅花、桑寄生、続断(マツムシソウ)、牛膝などの生薬を加えます。

(b)【肝血が不足して目の栄養を与えられなくなった場合】
目が乾燥したり、目がかすんだり、しょぼしょぼしたりします。処方としては、四物湯に枸杞子、菊花、決明子、車前子、菟絲子を加えます。

(c)【肝血が不足して血海が空虚となった場合(肝は、血を貯蔵し、調節する機能を有するので、血海とは、肝の機能である血の貯蔵庫を指しています。)】
生理が遅くなったり、経血量が少なくなったりします。処方は、小栄煎(当帰、塾地黄、白芍、山薬、枸杞子、甘草)で、エキス剤としては、六味丸+当帰芍薬散、十全大補湯を用います。
肝血虚からさらにに発展することがあります。

心肝血虚(しんかんけつきょ)
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肝血虚に心血虚を併せ持つ病態で、心は、血をつかさどり、肝は血を蔵します。五行でいうと、肝は、心の母に当たり、肝血の不足は、心血の不足につながることがあります。

症状は、肝血虚の症状に加えて不眠、多夢、断眠(途中覚醒)、動悸などの症状が加わります。治療は、加味帰脾湯、酸棗仁湯、温経湯を用います。

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血虚生風(けつきょせいふう)
肝血虚により筋肉や皮膚への栄養供給が障害されると「風」を生じます。風により痒みや痛み、痙攣を来しますが、痒みの強いときには、当帰飲子、消風散を用います。痙攣、引きつりが強いときには、釣藤散、大防風湯を用います。

肝陰虚(かんいんきょ)
肝血虚が進み、体全体の陰液が不足すると、相対的に陽気が上に回り、熱の症候(虚熱)がみられます。肝血虚の症状に加えて、胸脇痛、口渇、いらいら、熱感、顔の火照り、頬の紅潮などの熱像がみられます。処方は、一貫煎(浜防風、麦門冬、当帰、生地黄、枸杞子、川楝子)、エキス剤は、滋陰降火湯、柴胡清肝湯、温清飲を用います。

肝腎陰虚(かんじんいんきょ)
肝血が不足すると、腎の栄養供給が傷害され、腎陰虚(腎陰の不足)を招きます。肝血虚の症候のほかに腎陰虚の症状として腰が痛む、下肢がだるい、歯が抜けやすい、髪が抜けやすいなどの症状を伴います。処方には、左帰丸、左帰飲を用います。耳鳴り、頭痛、目の乾きや視力障害に杞菊地黄丸、エキス製剤では、六味丸+釣藤散を用います。
肝血の不足によって心肝血虚から肝腎陰虚までの陰血の不足状態に陥るばかりではなく、肝血が不足することにより肝気の流れも悪くなり、気の巡りが乱れて、肝気鬱結(肝気の流れが渋滞すること)の状態にもなります。気の巡りが悪くなると、血を動かすのに気のパワーが必要なので、血の流れも悪くなり、血 (血の巡りが悪くなる)の状態にもなります。
肝血の不足から肝陽が相対的に増し、肝陽上亢になります。肝血虚が長引くと、腎や心にも影響を与えるばかりではなく、気や血の異常を引き起こしますので、主病態が肝血虚であっても2次的に派生する病態についても十分考慮する必要があります。

(B)陽気の不足
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肝陽虚(かんようきょ)
肝気には、陽としての性質があり、エネルギーを持っていますので、肝気が不足すると、熱の要素としての陽が不足することになり、体内に「寒」を生じます。肝は、特に気の巡りをつかさどる重要な働きをしていますので、気の巡りは、全身の機能と関連していることから、肝陽虚が全身の機能低下をもたらします。

症状としては、手足の冷え、倦怠感、性機能低下、不妊などです。

処方は、温経湯や大営煎(当帰、熟地黄、枸杞子、杜仲、牛膝、甘草、肉桂(桂皮))を用います。肝を温めるこれらの処方に加え、肝気そのものを伸びやかにさせる作用を持った黄耆が有効です。補中益気湯など黄耆を含む方剤をそれぞれの状況で使い分けます。また加味帰脾湯、甘麦大棗湯など間接的に肝気を引き上げる作用がある心陽(心の陽気)を補うことも有効です。

【肝の特性からみた病態】

正常状態の肝の特性は、「伸びやかさ」であります。したがって「伸びやかさ」の失調が病態把握の基本となります。肝は、自律神経系を円滑に調節する働きがあります。したがって肝気鬱結となって肝の伸びやかさが損なわれると、自律神経、特に血管運動神経系の異常から血流の停滞すなわち血 を伴いやすくなります。

自律神経の興奮の持続により異化作用が亢進し、物質的消耗を生じ、血虚や陰虚を伴いやすくなります。さらに機能の停滞や亢進が持続すると、疲弊に伴って気虚も生じ、元気がなくなります。逆に気虚があると、気が滞りやすくなるため、容易に肝気鬱結になりやすくなります。従って元気がなく抵抗力が低下した気虚のある人は、普通ではストレスにならない外界環境でもストレスになります。たとえば元気であると、気にならない騒音が、体が弱ると耐え難い騒音になります。したがって肝の病態を考える際には、血 、血虚、陰虚、気虚の有無について考慮する必要があります。肝の病態で一番多いのは、肝気鬱結です。現代社会は、ストレスが多く、肝を傷害する機会が多いからです。肝気鬱結をきたした一例を提示してみましょう。

【症例】
54歳女性の方で、主訴は頭痛、気分がもやもやしてすぐれない、支え感はある。朝起きにくい。のぼせや発汗が気になるという状態でした。特に頭痛と吐き気が一番つらく、一日横になって寝ていると翌日には改善しますが、何とか通常の生活に戻りたいという希望がありました。肝気鬱結と梅核気(喉元に梅干しの種がつかえた感じ)があると判断し、のぼせから気の上逆があると考え、加味逍遙散を投与し、支え感から半夏厚朴湯を加えました。服用して3日目から気分が良くなり、頭痛がなくなり、朝の目覚めやのぼせも良くなりました。30年来の頭痛と一年前からの更年期症状が、漢方薬を服用して気の巡りをよくしてから、僅か3日で劇的に解消され、患者様は大変喜んでおられました。

「心」の病証と治療

「心」の病証と治療

「心」は、五行では、「火」に属し、中医学では、「心」といえば、西洋医学でいう心臓と全く同一の意味ではなく、西洋医学の心臓の機能としての循環の原動力としてのポンプ役以外に意識や精神活動、つまり西洋医学で言えば、脳の働きに関係する部分も「心」の働きに関与しています。

心の陰と陽
心陽とは、心臓の働き「心臓のポンプ作用」や「大脳の活動」を意味し、心の陽が不足すると、身体が温煦作用(温める作用)を受けられなくなり、体が冷えたり、心臓の機能が低下した心不全状態になったり、血行障害が起こります。さらに心神不足となり、精神・意識・思惟活動が減退し、抑制状態になりやすくなります。症状としては、精神疲労、精神不振、反応低下、健忘、計算力の低下、傾眠などが現れます。一方心陽の亢進は、心火亢進となり、動悸、不眠、多夢などの興奮状態になったり、肝気を煽り、前回で触れた肝火上炎などの病態に陥ります。心の陽気の勢いを維持するためには、その燃料としての陰が必要ですが、これを「心陰」あるいは「心血」と言います。燃料としての心陰が不足すると、動悸や不整脈をきたします。

心の陰は、燃料としての意味合い以外に心の平静さを表しております。したがって心の陰が不足すると、不安感や煩躁感(胸中の熱と不安で手足を固定しておけない状態)に至り、睡眠障害をもたらします。すなわち心の陰は、精神活動のゆったりした悠々とした状態を意味しております。

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心腎相交(しんじんそうこう)
心は、陽の代表として火の性質を持ち、腎は、陰の代表として水の性質を持っていて、互いに反対の性質を持つと同時に互いを育てる関係になっていることを心腎相交と言います。この働きに支障を来すと、腎陰(生体の各臓器・組織器官を滋養・滋潤する作用)が心陰を補えず、心陰が不足して、不眠、不安感といった心陽亢進の症状になります。これを心腎不交といいます。
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治 療

心気虚(しんききょ)
(心気の不足)動悸、息切れ、全身倦怠感、精神疲労、疲れるとこれらの症状が増強するなどの症状が出現します。生薬としては、心気を補う、遠志、五味子、茯苓(茯神)、炙甘草、人参、黄耆、エキス剤としては、人参養栄湯、炙甘草湯を用います。

心陽虚(しんようきょ)
(心陽の不足)心気虚の症状に四肢厥冷(手足の冷え)、自汗(不快な汗)など冷えの症状が加わります。生薬としては、桂枝、桂皮、附子、薤白(ラッキョウ)、乾姜、エキス剤としては、桂枝加朮附湯、八味丸、柴胡桂枝乾姜湯を用います。

心陰虚(しんいんきょ)
(心陰の不足)心気の不足症状に虚熱症状が伴います。つまり動悸、不眠などの心気虚の症状に、手足や顔面の熱感、盗汗(寝汗)、舌の先端が赤くなります。生薬としては、竜眼肉、酸棗仁、柏子仁、丹参、百合(ユリ)、麦門冬、亀板、小麦、阿膠、エキス剤は、酸棗仁湯、甘麦大棗湯、天王補心丹を用います。

心血虚(しんけつきょ)
心血が不足し、心神を滋養できないと、意識が散漫となったり、忘れ易くなったり、動悸や不安を生じ、驚きやすくなったり、頭がフラフラして眩暈を生じます。不眠、多夢となります。舌は淡となります。生薬は、熟地黄、丹参、当帰、芍薬、紫河車(胎盤)、エキス剤としては、四物湯、帰脾湯を用います。

心火上炎(しんかじょうえん)
心に熱が入り、血熱を発生し、顔面が赤く、のぼせて、心煩し、昼はせっかちになり、夜は不眠になり、口が乾燥したり(水は飲みたくない)、口内炎を生じます。女性では、月経の周期が早くなり、量も多くなります。生薬としては、犀角、牛黄、黄連、黄 、黄柏、山梔子、木通、生地黄、牡丹皮、大黄、連翹などで、エキス剤は、黄連解毒湯、加味帰脾湯、半夏瀉心湯、清心蓮子飲、龍胆瀉肝湯を用います。

心血於阻(しんけつおそ)
心血の巡りが悪くなり、心を養うことができなくなり、動悸、不安を生じます。血 (血の巡りが悪い)から気滞を生じ、胸苦しくなったり、胸痛したりします。エキス製剤としては、血府逐 湯、 楼薤白半夏湯を用います。

「脾」の病証と治療

「脾」の病証と治療

脾は、胃とともに、消化吸収に関する働きを担っており、西洋医学の脾臓とは、全く別の働きをします。脾は、単なる消化吸収の機能だけでなく、飲食物から分けられた、体に必要なもの(水穀の精微)を体中に配る働きもします。また脾は、気や血を造る働きや筋肉などの末梢組織への栄養補給をします。さらに血液が血管外に漏れ出ないようにする作用も有しています。津液の代謝の中でも大きな役割もしており、「気・血・津液」の補充や運行に欠かせない「生命力」を補充する重要な臓器です。したがって「脾」の働きに異常が起こると、気・血・津液全般に影響が及びます。食欲不振、下痢などの消化器症状の他に、元気がない、顔色が悪い、疲れやすい、痩せる、手足に力が入りにくいなどの気血の不足症状も伴います。脾には、次のような病態があります。
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脾気虚(ひききょ)
脾の気が不足する状態で、脾の働きが低下した状態を指します。すなわち消化吸収機能の減退の症候が現れます。食欲不振、食べ物の味がしない、食べるとお腹が張りやすい、下痢、吐き気、ゲップなどを呈し、気が補充されないため、気虚による疲れやすいなどといった全身倦怠感、朝の寝起きが悪くなる、食後眠くなるといった症状を呈します。手足への栄養が運ばれにくくなるため、手足のだるさ、手の平に汗をかきやすいなどの症候も呈します。基本方剤には、四君子湯を用います。胃の動きの低下による胃のもたれ(胃内停水=上腹部を軽く叩くと、チャプチャプと胃内容の音がする状態)がある時は、四君子湯に半夏と陳皮を加えた六君子湯を用います。

さらに程度が進むと、陽虚(陽が不足した状態)の様相を呈し、寒の症候を伴うようになり、腹部の冷え、水様便などの症状を呈します。方剤としては、人参湯、附子理中湯(人参湯に附子を加えた処方)、真武湯などを用います。

脾気下陥(ひきげかん)
脾気には、昇提作用といって、持ち上げる作用があります。脾気の昇提作用の低下により脾虚全般の症状に加え、胃下垂、胃のもたれ、脱肛、子宮脱などの症候を呈します。代表的処方は、補中益気湯があります。

脾不統血(ひふとうけつ)
脾の作用には、「統血」といって血液が血管外に漏れ出さないようにする作用があります。脾の統血作用が低下すると、出血傾向を来たし、皮下出血、月経過多などを生じます。黄土湯(甘草、地黄、白朮、附子、阿膠)、黄 、伏竜肝)が基本処方ですが、エキス剤としては補中益気湯や真武湯などで温陽健脾(温めて脾の作用を助ける)をするとよいでしょう。

脾陰虚・胃陰虚(ひいんきょ・いいんきょ)
脾の作用が低下した脾虚の状態で、口乾(口唇の乾燥)、硬便秘結(便が硬くなって便が出にくい状態)など陰が消耗した津液不足症状が現れ、胃の痞え、嘔逆(悪心、嘔吐)などの症状を来します。基本方剤は、沙参麦門冬湯(沙参、麦門冬、玉竹〔=アマドコロ〕、生甘草、桑葉、白扁豆、天花粉)を用い、エキス剤では、麦門冬湯を用います。

寒湿困脾(かんしつこんぴ)
主に寒さや湿気によって脾気が低下した状態で、脾虚の症状の他に湿邪の症状として、体が重い、頭重感、雨天の体調不良、浮腫、悪心、嘔吐などの症状が出現します。平胃散、二陳湯などを用います。

脾胃湿熱(ひいしつねつ)
脾胃に湿熱が停滞した病態です。だるさ、体の重さなどの湿の症状に熱象の症状として口渇、皮膚の痒み、泥状の熱感を伴った排便など湿熱の症候を呈します。エキス剤には、茵 蒿湯、茵 五苓散などを用います。二日酔いは、脾胃湿熱状態と考えられ、茵 五苓散が有効です。

胃熱(いねつ)
熱邪が胃に熱象を作る病態で、胃の灼熱感や食欲の異常亢進のほかに、口臭、口渇、口内炎などを伴います。エキス剤として半夏瀉心湯、黄連解毒湯、白虎加人参湯などを用います。

胃気上逆(いきじょうぎゃく)
下降すべき胃気が逆に上昇する病態です。悪心、嘔吐、ゲップを主症状とします。ゲップの発生のメカニズムは、①胃気の下降作用が不足した状態か②胃気の上昇過剰の状態が考えられます。

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①胃気の下降不足

胃気が下降しないと、胃気が停留し、出口を求めてゲップとなります。過食や多飲により胃に飲食物が停滞したり、何らかの原因で中焦(脾・胃)に津液が停滞すると、胃気の下降を妨げます。治療には、平胃散、半夏厚朴湯などを用います。脾虚(脾の働きの低下した状態)を伴う場合には、脾の働きを高めながら、胃気を下降させる作用を有する六君子湯、小半夏加茯苓湯が有効です。また冷飲食によって胃が冷やされると胃気が停滞し、胃気が下降できなくなります。この場合、胃を温めて胃気を下降させる作用を有する、胃苓湯、呉茱萸湯、安中散などを用います。

②胃気の上昇過剰

(1)下降すべき胃気自体が逆に上昇する場合と(2)肝気の失調によって胃気が上昇する場合があります。

(1)胃気自体の上逆は、胃熱や肝火犯胃(肝気の滞りが長時間にわたると、熱を持ち、火に転じたり、あるいは、熱邪が肝経にこもって胃に侵入したりすると、胃に熱がもたらされた状態)によって胃気の下降が障害されて、上昇に転じます。この場合、胃熱を冷まし、胃気を下降させる方剤として半夏瀉心湯や麦門冬湯を用います。
(2)肝気の失調による胃気の上昇…

(a)肝気鬱結や(b)肝陽上亢によって胃気もその影響を受けて上昇過剰になります。

(a)肝気鬱結による胃気の上昇:
肝気が滞ると、こもった気のエネルギーは、下降できずに、上昇の勢いが強まります。(気には、温性があるため)その際に胃気もリンクした状態で上昇を強めます。この場合、肝気を巡らせて胃気を下降させる働きのある方剤として、加味逍遙散、抑肝散加陳皮半夏、柴朴湯などを用います。

(b)肝陽上亢による胃気の上昇:
肝気を鎮める働きが不足すると、肝の陽気が相対的に増大して、肝気が上昇し、気全体のベクトルを上方に押し上げ、胃気にも影響を及ぼし、胃気の上昇をもたらします。この場合、肝腎の陰を補う、六味丸や滋陰降火湯などに胃気を下降させる、半夏厚朴湯を合方します。また肝気を引き下ろし、陰分を補う作用のある、釣藤散や七物降下湯などを用います。

脾の障害に対する生活での対応

脾は「湿を悪む」性質がありますので、過剰の飲水、暴飲暴食、空腹感を伴わない義務的飲食をすると、脾にダメージを与えます。空腹感を大切にし、多飲を避け、食材の性質を含めて食生活の注意が必要です。たとえばキュウリやナスなどの生野菜は、冷やす傾向がありますが、生姜は、体を温めますので、生姜の千切りをレタスやキュウリの千切りの中に入れると、バランスがとれたサラダになります。他に温める野菜には、長ネギ、タマネギ、人参、紫蘇などがあります。同じ果物でも梨は冷やしますが、ミカンは温めます。夏に梨を食べ、冬にミカンを食べるのは、理にかなっていることになります。相克の関係にある肝気を病的に強めないように、ストレスを発散し、気分を伸びやかに保つことと相生の関係にある心の機能を高めるために睡眠をよくとることも必要です。脾の機能を高めるために、よく運動をして、筋肉運動を盛んにすることなどで脾気の需要を高めることも重要です。

「肺」の病証と治療

「肺」の病証と治療

「肺」は、生命力を補充する重要な臓器で、五行の「金」に属します。呼吸を通して「清気」を体に補充し、「濁気」を排出する働きは、西洋医学における肺の呼吸の機能と共通していますが、東洋医学では、さらに広い意味を持ち、津液を体に散布する役割や皮膚の調節作用および外邪からの防御作用なども担っています。つまり水分代謝、汗腺機能、免疫機能も「肺」の機能と関係しています。バリアーとしての働きをして種々の内外の交通を制御しており、外に対しては、宣散(発散)、内に対しては、粛降(下降)の作用を示します。
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(図1)宣散は、体表・上方に向かう動きを指しますので、主に体表を守る衛気(=免疫機能とほぼ同意)としての働きをします。粛降は、気を内側・下方へ誘導し、栄養物質(栄気、衛気、宗気など)が肺気を動力源として、各臓器に分布されて、潤され、温められ、滋養されます。津液は、肺の粛降作用によりスムーズに腎・膀胱に輸送されます。この粛降作用が不調になると、浮腫や排尿困難となります。また、肺の宣散作用が失調すると、汗が少なくなり、筋と皮膚に浮腫を生じます。
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 したがって人体の津液代謝(図2)は、一つには、①肺の粛降作用が関与し、さらに②「脾」の運化作用(=食物を消化・吸収し、その栄養物質を全身の各組織に供給する機能)、③「腎」の気化作用《vital energy〈=生命エネルギー〉を活性化させることで、ある臓器が機能できるように活性化させる作用》が関与しております。

呼吸については、肺の粛降作用により降りてきた清気は、「腎」により納気(気を納める)されて、「肺」と「腎」の共同作業により完全な呼吸になります。したがって「肺」と「腎」の共同作業がうまくいかないと気管支炎、喘息などの症状が出ます。したがって治療に当たっては、「肺」の治療と同時に、「腎」の治療に常に心を配らなければなりません。例えば、腎に陽気を与える八地味黄丸が喘息に有効なことがあります。

「肺」の外界の出入り口は、鼻であり、鼻の機能は、「肺」と深く関係します。したがって鼻の症状である、花粉症、アレルギー性鼻炎、嗅覚異常などの治療には、「肺」の治療として考えます。例えば、肺を温める生薬であります麻黄、細辛、乾姜などを含んだ小青竜湯、麻黄附子細辛湯などがアレルギー性鼻炎に有効です。

「肺」は、大腸と関係が深く、便秘や下痢などの排便の異常と「肺」の関係を考えます。「肺」を治すことにより排便異常を治療したり、逆に、便通をよくすることで「肺」の病変を治したりすることがあります。さらに止咳平喘・化痰作用(鎮咳 痰作用)のある杏仁(アンズの種)という生薬には、潤腸通便作用があり、便秘にも有効です。

「肺」は「気」を補う重要な役割の一部を担っておりますので、「肺」の異常で疲れやすい、気力が出ないなどの気虚の症状もみられます。また水分代謝は「脾」、つまり消化機能との関連が深く、同時に、「肺」は「脾」の働きに助けられて育つ関係にありますから、食事の節制も大切になります。東洋医学では、これらの病気を治すときに、「肺」と「脾」の両方の機能を高めることで、原因物質があっても平気でいられる体にしようとします。肺気虚(後で詳述します。)に用いられる補中益気湯は、肺にも脾にも働く方剤です。

<< 肺の病証 >>

「肺」は、「肺為嬌臓、畏寒、畏熱」(=肺は、華奢な臓器で、寒さをこわがり、熱さもこわがる)といわれるように、五臓の中では外邪に一番弱い臓器とされています。さらに他の臓器(腎、脾、肝、心)からもすぐに影響を受けやすい特性があります。

【虚証】

(a)肺気虚
風邪などにより肺の宣散作用が傷害された場合や脾虚(脾の働きが低下)により肺気が養われない場合に生じます。

〈主 証〉

疲れやすい、声も小さく、ボソボソとしゃべる。顔色がすぐれず、風を嫌い、寒がりで、すぐ風邪を引いてしまう。

〈治療法〉

生薬は、人参、黄耆、党参、炙甘草で方剤は、補中益気湯や玉屏風散(黄耆、白朮、防風)、十全大補湯、桂枝加黄耆湯などを用います。

(b)肺陰虚
肺は、潤(湿り)を好み、燥(乾き)を嫌う性質がありますので、肺気虚が悪化した場合や燥熱(乾燥や熱の外邪)に曝されると、容易に肺の陰(津液)が不足します。陰が不足して陽を抑えることができなくなると、熱(虚熱)を生じ、血痰を生じるようになり、さらに重くなると、午後に発熱するようになります。

〈主 証〉

乾いた咳をする。痰はあってもその量は少なく、粘っこい。常にノドがカラカラに乾き、声はかすれてしまう。身体はやせている。舌は赤い。

〈治療法〉

生薬には滋陰作用(潤す作用)のある生地黄、熟地黄、麦門冬、百合・貝母などがあります。方剤としては、百合固金湯や滋陰降火湯、麦門冬湯などを用います。

【実証】

(a)風寒束肺
風寒が肺を取り囲み、宣散と粛降する肺気の動きを止めてしまった場合に生じます。

〈主 証〉

ゼイゼイした咳をしますが、痰は、清く、うすい。時に泡を混じる。悪寒がして発熱します。鼻がつまり、鼻水が出ます。

〈治療法〉

生薬は、肺を温める、麻黄、蘇葉、細辛、乾姜などを用います。エキス剤は、麻黄附子細辛湯、小青竜湯、苓甘姜味辛夏仁湯などを用います。

(b)風熱犯肺
熱邪のために津液が不足して粘調な黄色の痰を生じます。その結果、肺の粛降作用が障害されて、喘鳴を生じます。

〈主 証〉

ゼイゼイした咳をしますが、痰は、黄色をして粘っこく、出しにくい、頭痛、発熱して、ノドが痛みます。鼻がつまり鼻水が出ます。

〈治療法〉

肺熱を取り去る桑葉、黄 、知母、山梔子、石膏、枇杷葉などを用い、エキス剤には石膏を含んだ麻杏甘石湯などを用います。

(c)燥邪犯肺
燥邪が「肺」を傷め、肺陰(肺の潤い)を損なうため、肺の宣散と粛降がうまくいかなくなり、乾いた咳が出現します。

〈主 証〉

痰は少なく、粘っこい、痰が出てもすっきりしない、乾いた咳をする。

〈治療法〉

前述の桑葉、黄 、知母、石膏などの肺熱を取る生薬に、肺陰を補う(肺を潤す)沙参、麦門冬、貝母、阿膠などを用います。方剤は、清燥救肺湯(石膏8g、桑葉6g、党参・麦門冬各5g、麻仁・杏仁・枇杷葉各4g、甘草・阿膠各3g)などを用います。

(d)痰濁阻肺
肺に痰飲(水毒)が貯留して気道が阻まれて、肺気の宣散が障害され、喘鳴(気道がぜいぜいとした雑音を発する苦しい呼吸)を来した状態を指します。

〈主 証〉

咳が出て、ゼイゼイするが、痰の量が多く、白色で出しやすい。

〈治療法〉

二陳湯(半夏、陳皮、茯苓、甘草、生姜)などを用います。

【肺を丈夫にする生活対応】

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体が一日の変化、四季の変化を明確に感ずるようにすることです。夏は夏らしく暑い環境で発汗を意識して過ごし、クーラーに一日中、身をゆだねないことです。冬は冬で、衣服で被い、肺の負担を減らすようにし、暖房を利かせすぎないようにします。肺の機能の刺激と保護とをそれぞれ、ふさわしい状況の中で提供することが大事です。

「腎」の病証と治療

「腎」の病証と治療

「腎」は、成長、発育、生殖に関する働きを生涯にわたって支える重要な臓器で生命力の元になります。すなわち生命力を蓄える臓器と考えられます。

「腎」は、五行の「水」に属し、色は「黒」、塩辛いに相当した「鹹」という味、「恐」と関係しています。

「腎」は、西洋医学的には、血液を濾過して尿を作るいわゆる腎臓としての機能も含み、水液を主り、体内の水の動き全体に影響を与えますが、それ以外にも多くの働きを持っています。

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東洋医学の「腎」の調節によって、幼児期から思春期・壮年期への成長や機能の発達が促されます。したがって「腎」は、性機能や排卵・月経などの生殖機能と関係が深いほか、骨の発育や維持、歯・髪などとも深く関わっています。やがて「腎」の勢いの衰えとともに、老年期に移行します。幼児期頃には、髪も少なく歯が生えていないのが、「腎」の充実と共に生えそろってきて、加齢による「腎」の衰えと共にまた抜けてくる現象と一致します。
骨においても同様で、老年期になると「腎」が衰え、骨粗鬆症になります。背筋や腰の筋肉、下半身の力と関係しているので、老年期になると、「腎」の衰えと共に腰が曲がったり、足腰が弱くなってきます。尿閉、排尿の勢いが悪い、頻尿、夜尿、失禁、などの排泄異常、難聴、耳鳴り、眩暈、白内障、排尿異常や夜間尿なども「腎」の機能と関係します。「腎」の外界との連絡口は、まず耳であり、老人性難聴や耳鳴りも「腎」の衰えと関連します。ほかに「二陰」があります。「二陰」とは尿道を含む外性器と肛門の二つの口を指します。

腎の病証について

【腎の固摂(こせつ)作用の低下】
「腎」は、排尿排便の調節に関係します。すなわち括約筋の収縮作用と関連し、「腎」の漏らさないようにする「腎の固摂作用」があります。腎の固摂作用が低下すると、早漏や夢精、夜尿症を呈したり、年と共に尿を我慢しにくくなったり、高齢者の大小便の失禁というのも「腎の固摂作用」の低下と捉えることが出来ます。固摂作用のある生薬を収斂薬と云い山薬(やまいも)、山茱萸、杜仲、五味子、枸杞子、菟絲子、覆盆子(ラズベリー)などがあります。
処方としては、金鎖固精丸(炒 藜、×実、蓮鬚、竜骨、牡蛎)があります。

【腎精不足】
腎精は、狭義の意味では、生殖に関係する精を指し、不足すると、無月経、子宮発育不全、排卵異常、不妊、無精子症、精子過少症、インポテンツ、早漏、精力減退などの生殖機能異常の症状を呈します。広義の意味では、人体の成長、発育活動を維持する精微物質を意味し、不足すると、知力の減退、骨格の発育異常、耳鳴り、骨粗鬆症、歯が抜ける、白髪、脱毛などが挙げられます。子供では、知能の発育不全などが見られます。生薬には、紫河車(ヒトの胎盤)、鹿角、亀板、杜仲、枸杞子、肉 蓉、鎖陽、熟地黄などがあります。処方としては、左帰丸(熟地黄、山薬、山茱萸、枸杞子、菟絲子、牛膝、鹿角膠、亀板膠)、六味丸などがあり、寒証では、右帰丸(熟地黄、山薬、山茱萸、枸杞子、杜仲、肉桂、附子、菟絲子、鹿角膠、当帰)、八味丸、熱証には、知柏地黄丸などを用います。
「腎」の陰陽は、体全体の陰陽を左右することが多く、「腎」の異常によって陰陽失調による全身症状も起きます。

【腎陰虚】
腎陰は、人体の各臓器に滋養作用をする物質で、腎陰が不足して腎陰虚になると、肝、心、肺などの臓器に波及し、肝陰虚から肝陽上亢(肝腎陰虚によって陰が陽を抑えることが出来ず肝陽が亢進する状態で、めまい、目の乾燥、のぼせ、頭痛など)、心陰虚から心火上亢(不眠、夢が多い、動悸など)したり、肺陰虚(空咳など)の状態になります。相対的に腎陽が亢進して、皮膚や唇の乾燥、口渇、熱感、足の火照りなどの熱症状が加わります。さらに煩燥(不安で手足を固定しておけない状態)の症状がみられます。舌は、やせて紅くなり、舌苔がなくなり、きらきら光る「鏡面舌」となります。腎陰虚では、容易に肝血虚(皮膚の乾燥、目の乾き、月経量の減少など)を伴い、腎陰虚の症状に肝血虚の症状が随伴することがあります。日本では、「重要である」という意味で「肝腎である」「肝腎要」という言葉が使われています。
これは、肝と腎が互いに密接な関係にあり、どちらも人体の臓器の中で重要な役割を果たしていることから派生して、このような用語が用いられてきたものと思われます。生薬としては、山茱萸、桑寄生、枸杞子、亀板、鹿茸などを用い、方剤としては、六味丸、知柏地黄丸を用います。

【腎陽虚】
腎陽は、各臓器の生理活動を推し進める作用を指し、腎陽が不足する腎陽虚では、肺が腎陽の推し進める活力を失い、肺自体の機能も弱くなり、息切れ、呼吸困難を生じます。この状態は、腎が気を収めることが出来ない【腎の不納気】の状態です。脾の機能も低下(脾気虚)し、元気が無くなります。心が腎陽の活力を受けられないと、心陽虚の症状として胸苦しい、等の症状を呈します。腎自体が腎陽不足になると、早漏、インポテンツや腰に力が入らないなどの症状を呈します。腎陽のパワーダウンにより津液の動きも悪くなり、浮腫を生じます。腎陽の不足は、寒証の症状を呈し、寒がる、手足が冷える、多尿、頻尿、夜間尿などの症状がみられます。生薬としては、附子、肉桂、淫羊 (イカリ草)、杜仲、冬虫夏草(昆虫の幼虫体内に寄生するキノコの一種で、冬に虫体の養分を吸収し、幼虫を枯死させて、夏に虫体の頭部から棒状の菌核を形成し、草になることから、名付けられ、病後の衰弱を改善し、抵抗力を強める作用があります。)などがあります。方剤としては、八味丸、牛車腎気丸などがあります。このように「腎」の異常では、加齢によってみられる変化と関連した症状が多くみられます。腎陽は、真陽とも言われるように、他の臓腑の陽気に影響を与えています。すなわち腎陽の不足では、脾の陽虚、肺の陽虚、心の陽虚を引き起こし、腎陽は、他の臓腑の働きに影響を与えます。また逆に脾、肺、心の陽虚が長引けば、腎陽虚を引き起こします。
「腎」は、「先天の本」として、生命力の根源と深く関わりますので、喘息をはじめとした多くの慢性病や自己免疫性疾患はじめとした多くの難病の中で、「腎」の関わりを考慮して治療を進める場合が多くあります。「腎」を温存するためには、睡眠不足、過労や精神の酷使など、体に苛酷な状況を作らないことが重要です。